祖父

    860 名前:名無しの心子知らず:2013/09/12(木) 14:38:51.04 ID:Dz1djV2M

    うちはじいちゃんが農家やってて、
    数年前より糖度の高い特別なスイカを作って、
    ある販売所に卸しています。

    詳細は省きますが、
    いわゆる道の駅みたいなところにある直販所みたいなところがあり、
    そこと契約して作物を販売してもらってるわけです。

    その特別なスイカは数年前から作り始めていますが、
    特別な品種なことと特に甘いことで
    時期には目玉商品にしてくれたりするようなものでした。

    【前編】祖母がコンビニでキチママに思い切り突き飛ばされて、鞄と商品強奪され大怪我。「自分が好きな●●プリンをババアが買うなんてありえない」って…
    435:10 ◆CuuVmRHeTw2011/02/13(日) 21:09:44ID:etNVklyt
    すみません、このスレの最初で、祖母が泥ママに突き飛ばされて骨折したと書いた人間です。

    この後書き込みはできなくなるかもしれないので、簡潔に報告だけしたいのですが、
    その後スレに行ったほうがいいですかね?

    10:名無しの心子知らず2011/02/10(木) 20:20:34ID:yLNFpA0x
    新スレ移行後一発目、嫌な話で申し訳ないが。

    私の祖母が、コンビニで買い物をすませて外に出た瞬間に思い切り突き飛ばされて、鞄と商品強奪。
    しかし氾人はすぐに発覚。
    中距離に住む若い母親で、子供はまだ六ヶ月くらいだと。
    常習らしくて、万引きが重なってコンビニの店内に入るとすぐにマークがつくようになり、
    年寄りなら勝てると思ったんだそうな。

    そこの旦那と姑が謝りに来たらしいが、祖父は怒って追い返した。
    祖母は骨折して入院していると言ったら旦那と姑は真っ青になって帰っていった。
    旦那も姑もおかしい、きっちりしめあげてやると祖父はお怒り。
    自分は怒るよりあきれた。
    「自分が好きな●●プリンをババアが買うなんてありえない」って
    氾行動機になるんかい。
    それをそのまんま伝えてくる身内はもっとありえんわ。

    そして今、まとめサイトを見ていたら
    似たような手口を数日前にくらった人をみつけてガクブル。
    同じやつじゃねえだろうなコレ。

    13:がぶ ◆HsptrkZmYk2011/08/29(月) 00:56:24.56 ID:lFPESDbx0
    10年くらい前に、祖父の家で開かずの間(みたいなもの)を見つけたんだが、その時の体験。


    俺が高2の時に、祖母ちゃんを早くに亡くし、1人でデカイ家に住んでたじいちゃんがとうとうタヒんだ。
    祖父ちゃんは、戦前から鉄工所を営み、その鉄工所はこの町一番の規模で有名だった。
    天皇陛下に瑞宝章を賜った、町の有名人。

    住んでる家も、木造だがかなりデカく、俺等 孫はよく遊びに行ってた。
    祖父ちゃんの49日が住んで、祖父ちゃんの書斎を整理する事になり、親戚一同が集まった。
    男手も必要だということで、俺も参加させられた。

    書斎の本棚には、鉄鋼関係の古い専門書やアルバム、釣りの本でぎっしり。
    それらを本棚から出し、一ヶ所に集め、親戚の叔母さん達が何やら振り分けてる。

    今度はその巨大な本棚を、男連中(伯父さん達や俺)が屋外に出すということで、5人がかりで動かしたんだが、その本棚の裏に小さな引き戸があった。

    883 :1/2
    母方の祖父が懺悔してきたこと。
    祖父は昔からかなり酒癖が悪く、常に一言多いタイプの人。子供だった母や叔父たち、祖母にとっては毒親、ダメ夫だと思う。
    それでも孫たちのことはとても可愛がってくれる良い祖父で、特に最初の孫だった私は目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだった(私がタバコ、酒をやめて!と言うと一時的だけどすんなり止めてくれるくらい)。
    私も母方の祖父母が大好きだったし、祖父を手の上で転がせる私の存在は祖母にとっても助けになっていた+母も弱ってきた祖父が心配で私を派遣したかったのもあり、月に2回は顔を見に行っていた。

    883 :1/2
    母方の祖父が懺悔してきたこと。
    祖父は昔からかなり酒癖が悪く、常に一言多いタイプの人。子供だった母や叔父たち、祖母にとっては毒親、ダメ夫だと思う。
    それでも孫たちのことはとても可愛がってくれる良い祖父で、特に最初の孫だった私は目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだった(私がタバコ、酒をやめて!と言うと一時的だけどすんなり止めてくれるくらい)。
    私も母方の祖父母が大好きだったし、祖父を手の上で転がせる私の存在は祖母にとっても助けになっていた+母も弱ってきた祖父が心配で私を派遣したかったのもあり、月に2回は顔を見に行っていた。

    692 :鬼女タウン 2015/08/17(月) 15:39:33 ID:ekH
    祖父の修羅場
    戦時中に軍の後方勤務?か何かで軍需工場で働いてた
    しかしある時に工場の事故に巻き込まれて負傷
    傷が治るまで家に帰されることになった
    だがこの時、傷が元で祖父の視力はかなり下がってしまっていた
    曽祖父がこっそり診させた医者曰く、長期的にはほぼ回復するが、このまま戦場に行ったらうまく戦えずタヒぬかもしれないとのこと
    だというのに治り次第早く元の場所へ戻れという空気が周囲にあり、祖父の身分証等々も地元の駐在に預かる名目で取られていた
    傷がどんどん癒えていくのと同時に戦場がどんどん近づいてきてとても恐ろしかったそうだ
    そしてほぼ完治して来週にでも戻れという状況になったある日のこと
    深夜に曽祖父に呼ばれて祖父が仏間へ行くと幾ばくかのお金と鞄ひとつが用意してあった
    「これ持って逃げろ、鉄道の線路沿いに京都行け」と曽祖父が言ったそうだ
    散々悩んだが行ったらタヒぬとわかってる息子を戦場に行かせたくない、非国民かもしれんが俺はお前の命が惜しい
    曽祖父にぶるぶる震えながら言われて祖父は泣きながら父ちゃんありがとうごめんと頭を下げて飛び出した
    そのまま夜通し線路沿いに歩き、更に丸一日かけて京都駅に辿り着いた
    腹を空かせて駅構内をふらふらしてるとそこに消防隊の募集があって衣食住付きと知り消防署へダッシュ
    身分証等々は無いから半分賭けだったがそこの署長に直談判したらうまく行って採用されて落ち着けた
    同情してくれた署長が上手くやってくれて追っ手はこなかったらしい
    逃げた後の実家の方もそれなりの旧家であったことと曽祖父が根回し上手だったのでほぼ何もなし
    そうして祖父はどうにか国内で終戦を迎えて昭和が終わる少し前まで消防士として奉職
    実家の方も当初は帰りづらくあったが曽祖父が亡くなるまでにはちょっとずつ帰れるようにもなった
    あの時に曽祖父が逃がしてくれなかったらお前らいなかったかもなあと今年も祖父は遠い目をしている

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