祖父

    265:おさかなくわえた名無しさん@(*'ω'*)2016/10/17(月) 15:37:04.05ID:1SURcoeV

    昔、幼稚園児の息子と娘2人でファミレスに行ったときのこと。
    注文しようとしてボタンを押した所、5、6人のヤンキーたちが
    「おいこっち先に来てよ兄ちゃん!」
    とウエイターを呼んで無理やりこさせていました。
    「すいません私が先にお呼びしたんですが」とヤンキー達に言ったところ、
    「ああん?オメェ何だ?若いもんに譲るのが筋だろうよ姉ちゃん」などとのたまいました。
    私たちは気分を害し、家に帰ることにしました。
    近くにいた女子高生に話を伺ったところ、彼等はいつもその席に朝から晩まで居座っり、他の客の迷惑も顧みずに騒ぎ立てるそうです。

    その数週間後、親戚の集まり(といってもごく小規模なもの)が私の家であって、そのファミレスに行くことになりました。私は気が進みませんでしたが、祖父がファミレスなるものに行ってみたいというもので仕方なく行くことに。

    案の定奴らはいました。

    「あれ、あの女この間の奴やん!おーい、久しぶりーwwww」
    私は無視し、ウエイターに案内された席に着きました。
    「ちょっと無視しないでよーwwwあれ、今日は家族も一緒?」

    祖父が「誰じゃこやつらは?」と私に尋ねたところ、ヤンキー達が「爺さん、口の利き方ってもんがあるでしょうよ?こやつらとは何だこやつらとは」と言いながら祖父を小突きました。

    すると祖父は目にも留まらぬスピードでヤンキーの1人の鼻に何かを突き刺しました。よく見るとフォークでした。
    「ワシは大日本帝国軍で鬼の突撃隊長と呼ばれておってのう...あの東條英機すらもワシには口出しできんかったよ」と言い、皇居の方に向かい敬礼をしました。これは私も初耳(笑)

    「んだとコノヤロー!」と言ってヤンキーが殴りかかりました。しかし相手が悪かった(苦笑)彼が殴りかかったのは空手5段のうちの兄でした。ヤンキーはあっという間にボコボコにされました。

    542:名無しさん@おーぷん2014/09/21(日)14:47:52 ID:???
    ちょっと違うタイプの衝撃話。

    私の祖父は昔はとても短気な人だったらしい。
    私の眉毛の上には2cmほどの傷があって(傷の位置はフェイクです)
    その傷の原因を作ったのが祖父だと言う事は聞いていたので
    (祖父が暴れて割れたガラスの破片が直撃したとか)
    よく暴れたという周囲の話は本当なんだろう。
    だけど、私の記憶にある祖父は
    たまに激高するときがあったけど
    度々ってわけじゃなかったから
    “怒ったら怖い人”と言う程度の認識だった。
    暴れる姿なんて見たことなかったし、
    普段は無口で矍鑠としてて、
    私はそんな祖父をカッコイイと思ってたし、
    その傷の事も、私自身はそれほど気にしてなかった。
    うんと小さい頃の傷だから、黒子と一緒で
    それも含めての自分の顔と思ってたし。
    だから“おじいちゃん子”というわけじゃないけど
    祖父にはそれなりに懐いてた。

    その祖父が、私が25歳の時に亡くなったんだが、
    遺言で孫娘である私に8桁単位のお金が残されていた。
    その件についての相続争いはなかった。
    生前から、両親や叔母たちには了解を得ていたらしい。
    叔母に「父さんのせいで傷つけちゃったから慰謝料のつもりかしらねw
    女の子の顔に付けちゃって気にしてたからw」って笑いながら言われたけど
    当の本人である私が気にしてないのになーと不思議な気分だった。(つづく)

    860 名前:名無しの心子知らず:2013/09/12(木) 14:38:51.04 ID:Dz1djV2M

    うちはじいちゃんが農家やってて、
    数年前より糖度の高い特別なスイカを作って、
    ある販売所に卸しています。

    詳細は省きますが、
    いわゆる道の駅みたいなところにある直販所みたいなところがあり、
    そこと契約して作物を販売してもらってるわけです。

    その特別なスイカは数年前から作り始めていますが、
    特別な品種なことと特に甘いことで
    時期には目玉商品にしてくれたりするようなものでした。

    【前編】祖母がコンビニでキチママに思い切り突き飛ばされて、鞄と商品強奪され大怪我。「自分が好きな●●プリンをババアが買うなんてありえない」って…
    435:10 ◆CuuVmRHeTw2011/02/13(日) 21:09:44ID:etNVklyt
    すみません、このスレの最初で、祖母が泥ママに突き飛ばされて骨折したと書いた人間です。

    この後書き込みはできなくなるかもしれないので、簡潔に報告だけしたいのですが、
    その後スレに行ったほうがいいですかね?

    10:名無しの心子知らず2011/02/10(木) 20:20:34ID:yLNFpA0x
    新スレ移行後一発目、嫌な話で申し訳ないが。

    私の祖母が、コンビニで買い物をすませて外に出た瞬間に思い切り突き飛ばされて、鞄と商品強奪。
    しかし氾人はすぐに発覚。
    中距離に住む若い母親で、子供はまだ六ヶ月くらいだと。
    常習らしくて、万引きが重なってコンビニの店内に入るとすぐにマークがつくようになり、
    年寄りなら勝てると思ったんだそうな。

    そこの旦那と姑が謝りに来たらしいが、祖父は怒って追い返した。
    祖母は骨折して入院していると言ったら旦那と姑は真っ青になって帰っていった。
    旦那も姑もおかしい、きっちりしめあげてやると祖父はお怒り。
    自分は怒るよりあきれた。
    「自分が好きな●●プリンをババアが買うなんてありえない」って
    氾行動機になるんかい。
    それをそのまんま伝えてくる身内はもっとありえんわ。

    そして今、まとめサイトを見ていたら
    似たような手口を数日前にくらった人をみつけてガクブル。
    同じやつじゃねえだろうなコレ。

    13:がぶ ◆HsptrkZmYk2011/08/29(月) 00:56:24.56 ID:lFPESDbx0
    10年くらい前に、祖父の家で開かずの間(みたいなもの)を見つけたんだが、その時の体験。


    俺が高2の時に、祖母ちゃんを早くに亡くし、1人でデカイ家に住んでたじいちゃんがとうとうタヒんだ。
    祖父ちゃんは、戦前から鉄工所を営み、その鉄工所はこの町一番の規模で有名だった。
    天皇陛下に瑞宝章を賜った、町の有名人。

    住んでる家も、木造だがかなりデカく、俺等 孫はよく遊びに行ってた。
    祖父ちゃんの49日が住んで、祖父ちゃんの書斎を整理する事になり、親戚一同が集まった。
    男手も必要だということで、俺も参加させられた。

    書斎の本棚には、鉄鋼関係の古い専門書やアルバム、釣りの本でぎっしり。
    それらを本棚から出し、一ヶ所に集め、親戚の叔母さん達が何やら振り分けてる。

    今度はその巨大な本棚を、男連中(伯父さん達や俺)が屋外に出すということで、5人がかりで動かしたんだが、その本棚の裏に小さな引き戸があった。

    883 :1/2
    母方の祖父が懺悔してきたこと。
    祖父は昔からかなり酒癖が悪く、常に一言多いタイプの人。子供だった母や叔父たち、祖母にとっては毒親、ダメ夫だと思う。
    それでも孫たちのことはとても可愛がってくれる良い祖父で、特に最初の孫だった私は目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだった(私がタバコ、酒をやめて!と言うと一時的だけどすんなり止めてくれるくらい)。
    私も母方の祖父母が大好きだったし、祖父を手の上で転がせる私の存在は祖母にとっても助けになっていた+母も弱ってきた祖父が心配で私を派遣したかったのもあり、月に2回は顔を見に行っていた。

    883 :1/2
    母方の祖父が懺悔してきたこと。
    祖父は昔からかなり酒癖が悪く、常に一言多いタイプの人。子供だった母や叔父たち、祖母にとっては毒親、ダメ夫だと思う。
    それでも孫たちのことはとても可愛がってくれる良い祖父で、特に最初の孫だった私は目に入れても痛くないほどの溺愛っぷりだった(私がタバコ、酒をやめて!と言うと一時的だけどすんなり止めてくれるくらい)。
    私も母方の祖父母が大好きだったし、祖父を手の上で転がせる私の存在は祖母にとっても助けになっていた+母も弱ってきた祖父が心配で私を派遣したかったのもあり、月に2回は顔を見に行っていた。

    692 :鬼女タウン 2015/08/17(月) 15:39:33 ID:ekH
    祖父の修羅場
    戦時中に軍の後方勤務?か何かで軍需工場で働いてた
    しかしある時に工場の事故に巻き込まれて負傷
    傷が治るまで家に帰されることになった
    だがこの時、傷が元で祖父の視力はかなり下がってしまっていた
    曽祖父がこっそり診させた医者曰く、長期的にはほぼ回復するが、このまま戦場に行ったらうまく戦えずタヒぬかもしれないとのこと
    だというのに治り次第早く元の場所へ戻れという空気が周囲にあり、祖父の身分証等々も地元の駐在に預かる名目で取られていた
    傷がどんどん癒えていくのと同時に戦場がどんどん近づいてきてとても恐ろしかったそうだ
    そしてほぼ完治して来週にでも戻れという状況になったある日のこと
    深夜に曽祖父に呼ばれて祖父が仏間へ行くと幾ばくかのお金と鞄ひとつが用意してあった
    「これ持って逃げろ、鉄道の線路沿いに京都行け」と曽祖父が言ったそうだ
    散々悩んだが行ったらタヒぬとわかってる息子を戦場に行かせたくない、非国民かもしれんが俺はお前の命が惜しい
    曽祖父にぶるぶる震えながら言われて祖父は泣きながら父ちゃんありがとうごめんと頭を下げて飛び出した
    そのまま夜通し線路沿いに歩き、更に丸一日かけて京都駅に辿り着いた
    腹を空かせて駅構内をふらふらしてるとそこに消防隊の募集があって衣食住付きと知り消防署へダッシュ
    身分証等々は無いから半分賭けだったがそこの署長に直談判したらうまく行って採用されて落ち着けた
    同情してくれた署長が上手くやってくれて追っ手はこなかったらしい
    逃げた後の実家の方もそれなりの旧家であったことと曽祖父が根回し上手だったのでほぼ何もなし
    そうして祖父はどうにか国内で終戦を迎えて昭和が終わる少し前まで消防士として奉職
    実家の方も当初は帰りづらくあったが曽祖父が亡くなるまでにはちょっとずつ帰れるようにもなった
    あの時に曽祖父が逃がしてくれなかったらお前らいなかったかもなあと今年も祖父は遠い目をしている

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