57:名無しさん@おーぷん2016/11/12(土)11:49:30 ID:D3O
    兄弟の反抗期ってどうやって乗り越えましたか?
    うちの下の弟が中学生でまさに反抗期です。
    上の弟(=弟1)と
    同じく下の弟(=弟2)は野球をやっている。

    弟1が中学生の頃は、
    祖母がまだ元気で母が働いていたため
    手も金も足りている状態だった。
    しかし現在は祖母が要介護で、
    母はそのため仕事を辞めて専業主婦。
    だから弟1にしてあげられたことが
    弟2に対しては十分にできない。
    弟2はそれが不満で、
    母や弟1に当たり散らす。
    寄生虫とかニートババアとか、
    弟1に対してはマザコンとかヒイキ野郎とか。
    両親は弟2に手をかけてやれない負い目があって
    一応叱るけど強く叱れない。
    でも実際お金も労力も無尽蔵じゃないんだよ。
    今がギリギリ。
    母は確かに
    今お金は稼いでないかもしれないけど
    睡眠時間削って介護して、家事して、
    弟2は満足してないみたいだけど
    お弁当作ってユニフォーム洗濯してあげて
    壊れた備品を補充するくらいのお金は
    出してあげてる。
    第一弟1は高校では野球をやめて、
    バイトして家にお金を入れてくれている。
    私もバイトと介護の手伝いをしている。
    中学生というだけで
    介護もバイトもしなくてよくて部活ができるだけ
    弟2はマシじゃん!と姉の私は思うんだけど
    親から見たらやっぱり
    「不平等にさせて済まない」
    って思いが強いみたいで
    弟2が母を寄生虫呼ばわりするのを
    「やめて」くらいしか言わない。
    弟2はまだ中学生だし、
    冷静になると優しくしなきゃって思うのに
    怒鳴り散らす弟を見ると
    イライラを止められない。

    684:名無しさん@おーぷん2016/03/29(火)13:53:45 ID:8Bv
    吐くまでナグられても耐えた
    「お前なんか生まなきゃよかった」「くたばれ」と言われても耐えた
    謙遜のつもりか分からないけど三者面談で先生が私を褒めて下されば遮って唾が飛ぶほど私の悪口を言われても耐えた

    私が友達との待ち合わせに向かおうとしたら玄関の前で遮って邪魔して行かせてくれなかったことも耐えた
    私の80点のテストは溜息吐いて破り捨てるのに弟の70点のテストは頭を撫でて褒めることも耐えた
    私の買ってきた服のセンスを晩御飯の間中ネチネチと馬鹿にされることも耐えた
    専業主婦の癖に私に家事を押し付けてきて弟には何もさせないことも耐えた
    私の携帯や私物はあれこれ理由付けて没収する癖に私より成績悪い弟には何もしないのも耐えた

    大学受験に向けて勉強しようと思った頃に
    「おばあちゃんの介護があるから進学は我慢してほしい」
    「介護が終わって、結婚して、子育てが終わって、それから通いたければ学校に通えばいい」
    と言われたのは流石に我慢できなかった
    なんで私だけが辛い思いしなきゃいけないか納得できなかった

    家にある母の私物、母の服、全部ハサミとトンカチで壊してやった
    母は半狂乱になって「保健所に入れてやる!保健所に入れてやる!」と叫んで叔父さんと祖父母を電話で家に呼んだ
    咎められたのは母だった。ナグり飛ばされて床に叩き付けられて震える母を見た時、お腹の底から笑いが止まらなくて高笑いしてしまった
    叔父さんはこんな私を気味悪がらずに話しかけて下さった
    今まで気付いてやれなくてすまなかった、って仰られて、こんな私のために学費を負担して下さると仰った
    それから受験までは祖父母の家で過ごす時間の方が長かった

    最初は心療内科に通いながら通学してたけど、大学で過ごす時間が楽しくて体も心も元気になっていった
    都内でなんとか職にあり付けて生活してる今、もう母に会う理由はない
    叔父に学費を返したいけど断られている

    我慢してやる必要なんてなかったんだなーと過去を振り返ってつくづく思う

    385:名無しさん@HOME2014/10/01(水) 04:30:03.75 0
    なんかちょっと疲れたので愚痴吐かせて。
    両親が事故で亡くなったのが、私が二十歳で弟が中学生の時。
    交通事故で両親いっぺんに亡くなって、単なる事務職の小娘だった私は何にもできなくて
    両親の自営も一緒にやっていた親戚にいい様にされて、
    両親の保険金も自営の補てんとかに使われて
    私達に残ったのは小さい一軒家の自宅だけ。

    弟には遺族年金はあったけどふたりで生活するのにかつかつ。
    自分の事は全部後回しで、弟を大学に行かせた。
    就職して結婚してやっと私はお役御免。
    今は猫と一緒に元の一軒家で一人暮らししてます。この家の名義は私と弟と半分半分。
    私は結婚してません。する機会もありましたが、弟を養う立場を相手側の親に
    嫌われてかないませんでした。

    弟嫁は普通のご家庭で育った今風の可愛い人です。
    結婚式のあと弟嫁のお母さんに
    「お姉さんご苦労されたとは思いますが弟さんはもう娘の夫として独り立ちしますので、弟さんに依存するのはやめて下さい。
    面倒を掛けたりするのは遠慮してほしいのですが。」と言われました。
    心当たりがないので、弟に話をしたところ弟が将来私の面倒をみたいと
    弟嫁に結婚前に言ったとの事。その時は弟嫁は「わかりました。」と返事をしたそうです。
    二人で話し合ってもらったら、弟嫁はなんでお姑さんでも嫌なのに
    姉なんかの将来の面倒をみなきゃいけないのかと本音を自分の母親にこぼして
    母親が私に釘を刺しに来たらしいです。
    弟と結婚したいから一応いい返事はしたけど、本音は行き遅れの姉とは縁を切って欲しいとのこと。
    弟はかなり怒ったようですが、まだ二人でもめているようです。

    私はまだ三十代で家賃は要らないので、事務職でもなんとか食べて行けます。
    一生一人かなとも思いますが、貯金は弟の結婚式のお金を負担したので
    ほぼありませんから、これからつましくして貯金していくつもりです。
    弟の世話になるつもりはなくても、病気したりして何かあるかもしれませんので
    縁を切るとかはできません。でも縁を切ってあげたほうがいいんでしょうね。

    281 :名無しさん@おーぷん 2016/11/03(木) 10:02:06 ID:0uo
    弟が今年デキ婚した。
    相手は同じ会社で同期の子。
    デキ婚だったけど敬語もちゃんとしてたし礼儀作法もまともだったから普通に親戚付き合いしてた。
    と言っても実家で顔合わせたら挨拶するとか、世間話する程度だけど。
    現在妊娠8ヶ月のはず。
    でも急転直下、離婚するらしい。
    弟夫婦はDINKS(ってタヒ語か?)によくある「負担は何でも半々」ってやつで
    生活費、家賃、家事全て半々にして、自分の稼いだお金は自分のもの、自分の物は自分で買う
    って取り決めだったんだけど
    弟が、妊娠出産にかかる費用を半分出す理屈がどうしてもわからないんだって。
    子供が生まれたら、それは二人の子供だから半分費用を出す。
    でも生まれるまでは妻の物でしかない。
    胎児は妻の体内にいて妻が独占している状態で、夫は何もできないし権利もない。
    権利がないのに義務だけ負わされるのは不当。
    妊娠中の家事を、妻がなまけるのも不満。
    つわりで料理しないとか、腹が大きくて風呂掃除できないとか、それは妻側の都合に過ぎない。
    俺だって風邪を引いても家事をやっている。
    結婚前に半々でやると言ったのに、約束を破る方が悪い。
    というのが弟の言い分。
    「お腹の中にいようが、外にいようが、二人の子供でしょう?」
    と私、弟嫁さん、弟嫁両親が言っても
    弟は「その言い分は納得できない」
    「俺には現在、その子に触る権利すらないのに、義務だけ負わせるな」と言って聞かない。
    「とにかくその考えは普通じゃない」と言ったんだけど
    「普通って何?俺は自分の納得できないことはしない主義」
    弟を納得させられる言葉が思いつかない。
    なんて言えばわかってもらえるんだろう?


            うつ病, 悲しみ, 男, 気の毒です, Utęsknienie

    455 :名無しさん@おーぷん2015/08/06(木) 11:12:03ID:jCW
    俺(34)嫁(35) 嫁弟1(29)嫁弟2(27)全員既婚

    俺と嫁は2年前結婚
    嫁一家は母親を早くになくし、嫁が母親代わりになってきた
    結婚も弟たちが片付いてからってことで自分を二の次にしてきて、3年前に俺と見合いして結婚

    嫁弟1はいいのだが、嫁弟2が難物
    本当に嫁を母親だと思っているのか、とにかく頼りまくる
    そのくせ俺に対しては「姉ちゃんに苦労させんなよ、させたらただじゃおかん」と威嚇してくる
    結婚して嫁はポロッとこぼしたんだが
    「中学時代から母親役をさせられてきて『若い女』だった時代が全くなかった。貴方と結婚して
    年齢相応の女扱いしてもらえるのが本当に嬉しい。弟たちのことは好きだし大事だが
    向こうも結婚してるし、其々のお嫁さんに任せたい」
    と、要するにもう弟たちの母親役は御役御免で頼む、という心境らしかった

    166 :鬼女タウン 2012/03/15(木) 09:33:18 ID:1TrAa4ch
    離婚した旦那との間に6歳になる男の子がいるが、
    実はその子が弟との子供かもしれない。

    352 :鬼女タウン 2015/09/10(木) 02:55:33 ID:???
    愚痴だけど

    弟がバツイチ子連れと再婚して今嫁妊娠中。
    弟は末っ子長男で両親に甘く甘く育てられた。
    女、女、男の3人姉弟。私は真ん中で空気として育った。

    弟もバツイチで前の嫁さんとの間に男女2人の子供がいる。
    私は元嫁さんを本当の妹のように思っていたし好きだ。
    離婚理由はバカ弟の経済DV。
    元嫁さんは慰謝料も養育費も貰っていない。
    何故ならばか弟は離婚時無職で借金だらけだったから。
    私は兼業主婦で子供も居るので全てはフォロー出来ないけど従兄弟として子供同士の交流もあって
    元嫁さんとずっと付き合いがある。

    でバカ弟今嫁から苦情の電話が入った。
    というか、この電話でバカ弟が再婚した事を知ったのだけど。
    曰く、私が元嫁さんと付き合ってるのが嫌だ。
    連れ子もお腹の中の子も従兄弟として可愛がれ。
    別れた嫁等他人なのだから付き合わないで欲しい。

    何か他にも色々言っていたのだけど
    目玉飛び出たのは

    「連れ子は戸籍上は元夫の子供ですが本当は弟君の子供なんです」

    物凄く頭痛い。

    595 :鬼女タウン 2016/01/27(水) 15:31:53 ID:D97
    叩かれ覚悟で書こう
    見た目が醜い奴が心まで醜かった話

    俺には腐れ縁の幼なじみのにーちゃんがいた
    にーちゃんはジャイアンみたいな性格で俺はスネオみたいに子分扱いをされていた
    にーちゃんは体格が良かったから子供の頃は力が強く周りから恐れられていた
    それが俺にはヒーローのように見えて憧れもあった
    俺にとってにーちゃんはカッコいい男で、だからにーちゃんは絶対的存在だった
    その認識が揺らいできたのがにーちゃんが中学生、俺が小4になったあたりだった
    中学生になったにーちゃんは急に陰険になり、引きこもり気味になって乱暴者になった
    それまではどこか一本筋が通っていたのに、中学生になったにーちゃんは癇癪を起こしては暴力を振るうクズになりさがったが、それでも俺に対してはまだジャイアンのように虚勢を張って振舞っていた
    にーちゃんが変わってしまった原因が解ってきたのは俺が中学生になってから
    にーちゃん、とんでもないブ男だった
    千原せいじの顔を丸くして目を蜂に刺されて出っ歯にした顔がにーちゃんに似ていると思う
    それまではにーちゃん独特な顔してるなーとは思ってたが、美醜を意識しだすようになるともうにーちゃんがかっこいいなんて到底思えなかった
    視力が落ちてデカイ黒縁メガネをかけたにーちゃんがジャイアンから醜く太ったのび太にしか見えなくなった
    そして同時にちびで色白でヒョロくてキモいと言われていた俺が部活を始めてから急に背が伸びてモテだし
    学校では五人から告白され、ラブレターも何通かもらい、中2の頃には高校生に間違えられてギャルからナンパされたりもした
    にーちゃんにパシられ慣れた俺は気づかぬ間に気遣いのできるイケメンにクラスチェンジしていた
    よく考えればガンで亡くなったおふくろは海外でモデルやってたんだから母の遺伝と考えるとイケメンは当然だった
    それを自覚したらにーちゃんの言うことを聞く必要性が見いだせなくて、その時立場は逆転した

    391 :鬼女タウン 2016/07/16(土) 17:02:34 ID:Kh75w36r.net
    昔行われた親戚の結婚式がなかなかに不幸だった

    新婦側の親戚として参加したんだが、そこの家は両親と新婦(姉)と弟の四人家族
    弟が今で言う知的ボーダー(障害者と健常者の境目あたり)で、
    小さい頃から姉である新婦が一生懸命面倒見てたのを覚えてる

    で、新婦弟がどうしても新婦にお礼を言いたいとかでお礼の手紙を読むコーナーが設けられた
    新婦弟は日本語でおkな文章力しか無いので新婦両親の検閲と振り仮名入り
    だから問題無く終わるだろうということだったが……甘かった

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