感動話・いい話・ほのぼの

    883 :名無しさん@HOME2014/05/07(水) 18:10:290.net
    義実家寄生コトメは旦那と年が10離れてるんたけど、念願の女の子らしくベタベタに甘やかされて育ったらしい。
    だからかなりのお姫様気質。私に対しても言うこと聞いてくれて当然という態度。
    さらに仕事が全く長続きしない。最長3ヶ月。本人曰わく
    「なんか違うんだよね、あたしに合う仕事が他にあるはず。」だとさ。
    まぁ、ワガママはスルーすればよかったし(不機嫌にはなられたけど)、旦那への「お小遣い頂戴(ハァト)」も旦那が断っていたし
    害はなかったんだけど、義両親から「私達がいなくなったらコトメちゃんのことお願いね」
    コトメからも「結婚できなかったらお兄ちゃんよろしく(ハァト)」って言われていて、
    それも旦那が「いい大人の世話なんかするわけない」って義両親とコトメ本人にも言ってくれていたけど
    ちょっと不安ではいた。

    ある時私と旦那で義実家に行った時にたまたま友人から趣味のお誘いが。
    旦那に行っていいか確認したらコトメがその趣味に興味を持ったらしく「あたしも行きたい!」と。
    いやいや、私の大学時代の友人達だし、あなた部外者じゃない。と断っても「すごく行きたい!お願い!」
    と頼まれ倒されてしまって、友人達に確認してコトメ同行を許可してしまった。
    そして当日、友人の一人にコトメが一目惚れした。
    コトメは恋をすると猪突猛進するタイプで当日にメアド交換して、その後もグイグイ押し切って交際にまでこぎつけた。
    当時の私達の年齢は40ぐらい。コトメ彼氏がかなり結婚を意識していたみたいで
    とんとん拍子に結婚話まで出てきた。そしたら義両親大反対。理由はコトメ彼氏が農家跡取り長男だから。
    そんな中私はコトメに「がんばって!私は応援しているから!」って煽ってた。
    性.格悪いけど、早く片付いてくれって思ってたんだよね。
    私の応援が効いたのかわからないけど、少しも折れないコトメに義両親が折れた。
    その後コトメは結婚して、コトメ夫実家に同居で家業(農業)の手伝いをする事になった。
    寄生先が出来てホッとしたが、正直いつか出戻ってくるのかなぁ、と不安だった。

    916 :名無しさん@おーぷん2016/08/20(土) 18:24:34ID:???
    旦那が今晩飲みに行くから晩ご飯いらないって言われたの
    だからついつい買い物さぼったんだけど、冷蔵庫のぞいたら
    たこわさとキムチしかなかったわ
    お米と味噌汁とこれでいいか・・・

    【前編】道路に飛び出した子供を助けて左腕を失った彼。私は全然気にしなかったが彼の方から別れを告げられ…
    768: 関西女 ◆k6/FdTGUNs 2005/10/29(土) 17:32:20 ID:0dL4suG6
    点滴に トランキライザーが入っているからねと 
    看護師さんが教えてくれました 

    最初「食べられない分だよ」って言われたから 
    単なるブドウ糖かと思っていたのに すっかりダマサレタ 
    今は 薬で精神をコントロールしたくなかったのに 悔しい 
    インフォームドコンセントはどこへいったんだ あばれてやる 

    でも 先生も 見かねるくらいだったんだと判った 
    何も話してないのに バレるんだね 
    顔に書いてあったのかな 「シツレンシマシタ」って 

    眠い気がする でも 目がさめたとき「夢じゃなかったんだ」って 
    もう一度 思い知らされるのが いやだ こわい 

    眠るなら永遠に眠りたい 
    でも生きなければ 眠っていては 彼に会えない 
    どうしても 生き延びる

    556: 大人の名無しさん 2005/09/26(月) 03:17:50 ID:t/qAakZM
    >>551
    です。
    皆ありがとう。ではお言葉に甘えて。 

    今月腕を失ったんだよね。 

    簡単に状況を説明すると、道路を飛び出した子供を左手で掴んで自分の右手にパス。
    逃げ遅れた左腕がトラックのどこかに挟まれてグチャグチャ。 
    壊タヒする可能忄生があったんで切り取った。 

    何の問題もないと思ってた。痛かったけど。
    昔手話を学んだ時に障害なんて単に特徴にしか過ぎないと分かっていたし。
    片手になって不便になっても日常生活は十分こなせるし。
    子供の両親から神扱いされたし 
    俺も「二本ある腕の一本なくしただけで一つしかない命すくえた俺っていい男じゃん」なんて一人悦に入っていた。
    「足じゃないから来年のWCで君の国を倒すのに問題ない」と能天気に看護士に馬鹿言ってたよ(関係ないが海外在住)。 

    その後怖くなった。
    見舞いに来てくれた友人に同情される度に怖くなった。 
    可哀想と言われる存在になった事に気づいたよ。 
    ベッドで寝てても腕は生えてこないからといって通院に切り替えてもらって、職場に復帰した。
    上司も部下も腫れ物を触れるように扱ってくれる。 
    幾ら大丈夫だと言っても、今までのように無理な注文は誰もしてくれない。 
    自然体で明るく振舞っても「私でよかったら幾らでも相談にのります」なんて言われる。

    1 :名無し2018/04/15(日) 15:50:45ID:uAwH2/7C0.net
    書き込み初なのでわかってないこと沢山あります…すみません…
    私は昔、友達が車に引かれそうになって助けたことがある
    その時に顔に大きな傷ができた
    その友達が今の親友で、その子は私に傷を作ってしまったことをめっちゃ謝ってくれて、私も許してる
    その子の結婚式に出席してきたら、新郎さんに「あの娘顔の傷やばwあれでよく着飾れるなw」って言われて、私が落ち込んでたら親友が「あの娘の傷は私が作ったもんだ!私の大親友にそんなこと言うやつと結婚はできない‼‼」
    って言って会場を出ていってしまった…

    737 :名無しさん@おーぷん2018/02/21(水) 08:38:20ID:sCY
    人語をしゃべる鳥って賢いね。
    今、普段は義妹宅で飼われてる子を預かって一週間ほどになるんだけど、さっき
    「おかあさーん、お弁当はー?」
    とめちゃくちゃグッドタイミングで口にした。声も口調も娘にそっくり。
    テーブルの上に出来てるよ、って答えたら娘が洗面所から顔を出して
    「おかあさん、今のぴーちゃん(仮名)だからw」
    って爆笑。
    そんなに毎日同じやり取りをしてたわけでもないのに、覚えるときはあっという間に覚えちゃったりするものなのかな、本当にびっくりした。
    昨日は私が帰宅して居間に入った瞬間オカエリナサーイ!って言ってくれて驚いたけど妙に嬉しかった。
    この子が帰っていったらきっと寂しくなるだろうな、改めてうちにもお迎えするのもいいかもしれないなあと思いつつある今日この頃。

    132:名無しさん@お腹いっぱい。2011/11/23(水) 01:02:44
    仕事終わりにケーキ買って帰った


    嫁に差し出したが嫁は「どうした? ネジ一本はずれた?」とか言われた orz

    俺「いや、いつもありがとう、感謝してる 愛してるよ」

    嫁数秒沈黙

    が・・・・急にネクタイつかんで思いっきり首絞めながら「もう一回言って!」と哀願された

    嬉しいんだか悲しんだか orz

    152 :名無しの心子知らず2007/02/23(金) 11:16:04ID:cMV57qDE
    昨日、少し遠くに引越しした息子の友達の家に電車で遊びに行った。
    その帰りに抱っこのまま息子は寝てしまい、夕方で車内は混んでいたので
    ドア近くで立っていた。
    何駅か過ぎた時に肩を叩かれ振り向くと、中年くらいのサラリーマンらしき男性.の
    前の席が空いていて「座りなさい」と言われた。降りる駅が間もなかったので
    「大丈夫です、ありがとうございます」と断った。
    次の駅を過ぎたらまた別の男性.に同様に座りなさい、言われた。
    「次の駅で降ります、ありがとうございます」とまた断ったが、嬉しくてちょっと
    泣きそうになってしまった。
    断ってしまっすみません、けど本当に嬉しかったです。ありがとうございました。

    594 :名無しさん@おーぷん2015/04/01(水) 18:30:01ID:4v3
    4年間、意識がなかった
    その間は普通に寝てる感じで、特にたくさん寝たって感じはしなかった
    夢も見てたと思うけど、目を覚ましてしばらくして全部忘れてしまった
    目を覚ましたとき、家の天井じゃないってのはわかったけど、どこここ?ってしばらく寝ぼけた頭で考えてた
    起きようとしたけど体がものすごく重くて動かせなくて困った
    たまたま女性.(看護婦さん)が近くにきたので声をかけようとしたら声も出なかったし、口もあんまり動かなかった
    でも身じろぎしたのをわかったのか、女性.がこちらをびっくりしたように見て、ドラマみたいに「先生~!○○さんが!」って
    叫びながらどっかに行ってしまった
    きょとんとしてる間に人がわらわらきて、その中に母親もいたんだけど、雰囲気が全然違ってて一瞬別人かと思った

    全然覚えてないんだけど、会社帰りによそ見運転の車がスリップしたところに巻き込まれたらしい
    脳手術で頭の中の血の塊は取れたけど脳の腫れが収まらなくて、危篤状態までなったとか
    その後何とか脳の腫れは収まったけど、意識が戻らないまま4年が経過したそうだ
    当時付き合ってた女性.はいつの間にか他所の奥さんになってて、泣きながら謝られたけどどうしようもなかった

    自分をはねたという人にも土下座されたけど、ものすごくやつれててかえって可哀想に見えた
    刑務所を出てなんとか就職して、給料のほとんどを俺の入院費にあててくれって持ってき続けてたそうだ

    4年間も寝てると体の内外の機能が衰えてて、怪我も完治してるのにまともな生活ができなくて苦労した
    半年以上リハビリに費やしてからようやく仕事を探そうと思ったけど、全然見つからなかった
    親に「障/害者枠で探してもらったほうがいいのでは」と、暗に障/害者手帳をもらえと諭されたけど
    (もらおうと思えばもらえるくらいの後遺症はある)
    変な意地が出ちゃって、前職の経験を思い出しながら、やっぱり半年以上かけて資格とってやっと机仕事についた

    資格取ったといっても、実務経験がないと無意味な資格だから、毎日修行みたいな気持ちで仕事してる
    最近ようやく一人で顧客持たせてもらえるようになって、やっと「ああ回復したんだなぁ」って実感した


    就活に使うためにパソコンを買ってネット見るようになって、2ちゃんが分裂しててびっくりした
    当時常駐してた2ちゃんのスレはなくなって、あらしがすごかくて切ない気持ちになった

    おーぷんを見始めてからちょうど今日で半年ROMったので、記念にカキコ

    49 :名無しさん@おーぷん2018/03/17(土) 17:59:15ID:VmJ
    トメは今でいうならコミュ障で、無口で友達もいなかったし、ご近所や親戚とのつきあいもしてなかった
    ものすごく几帳面で、家の中はいつも塵一つ落ちてなくて、こまごましたものの置き場所も一つ一つ決まっていた
    こだわりが強くて、例えば靴下みたいな小さなものを買いに行っても
    気に入ったものが見つかるまでスーパーやデパートを1日かけて巡り、結局買ってこないこともよくあった
    基本的に他人に興味がなく、ウトや子供(夫と義妹)とも必要最低限の会話しかしないらしい
    孫である義妹の子にも自分からは触ろうとせず、私にも嫁いびり的なことはなかったというか、関わってこなかった
    完璧に家事をこなした後は、趣味もなくテレビも見ず本も読まず、縁側に出した椅子に座って庭を見つめていた

    ところで私はトメとは正反対で、がさつでおしゃべりでおせっかい(と夫は言っている)
    トメが何もしないでじっとしているのが我慢できなくなった
    私は妊娠して産休に入って時間ができたので、近所のトメ宅に毎日のように凸した
    トメはほとんど表情を変えない人ながら、迷惑そうだったwww
    しかし私には秘密兵器があった
    友達が骨折して家で静養していた時、退屈しのぎにジグソーパズルをやっていたという話を聞き、これだ!と思った
    まず500ピースくらいの小さいものを持っていき、
    「お腹が大きいから動けなくて、退屈しのぎにって友達がくれたんですけど、一緒にやりましょう」と誘った
    トメはそもそもジグソーパズルを知らなかったが、チマチマした几帳面なことが好きなので、一発ではまった
    すぐにもっとピースの多いものを欲しがり
    「出来上がりの絵がわかっているとつまらないから、お金を渡すから(私)さんが買ってきて
    絵が見えないようにして持ってきて」とのお達し
    小箱をいっぱい用意して、同じ色系統のものを分け、その中でも1辺が直線のものとか形が似ているものとか
    数日かけて分類するところから取りかかる
    早々に私が手を引き、トメ一人でやるようになったことは気がついてないようだった
    私に娘が生まれ、よちよち歩くようになる頃には、トメは仕上がりが畳サイズの大作に取り組んでいた
    こうなると、トメの部屋の床はパズルで占められ、足にピースを引っかけて壊したり失くしたりするかもしれないと
    ウトすら出入り禁止になったww もちろん赤ん坊なんてとんでもないwww
    大作は値段も高いのでそうそう買えないが、トメは一度作ったものをまたバラバラにして、
    今度は裏返しにして、無地のパズルを純粋にピースの形だけで組んでいく遊びを生み出していた

    この辺りで、私は次の手を考えた
    私やウトや夫はプロ野球が好きだ
    私達がテレビで野球観戦していても、トメは自分の部屋でジグソーしていた
    私は適当な試合を録画し、昼間トメに見せながら
    「投手が内角に投げますよね、そうすると打たれたボールはこっちに飛ぶでしょ」といきなり技術論から入った
    野球は数字に支配されているスポーツだ
    この投手が140キロの速度で外角低めに投げたらこの打者は3割の確率で打ち返して、という理屈にトメははまった
    そしてウトがビール片手に「原、打てよー」「桑田がんばれ」(そういう時代でした)と言っている脇で
    トメはスコアブックをつけながら、併刹の6-4-3と4-6-3について考察していた
    お気に入りの選手もできて、「今年は篠塚がいいのよ」とか「辻の守備機会がね」とかしゃべるようになった
    遊びに来た義妹が「お母さんが野球見てる!しかも語ってる!」と驚いていた
    夏の夜、縁側の戸を開け放して風を入れ、茶の間に集まって、ビールに枝豆、みんなで野球を見ていた
    ごひいきが違うから、私や夫や子供たち、ウト、トメが歓声を上げる場面がそれぞれに違うのが可笑しかった
    楽しかった

    今はもう、ウトは逝き、トメは認知症で、元々無口なのがほとんどしゃべらなくなった
    子ども向けの簡単なパズルさえ、やる気はあるがうまくできなくなってしまった
    今どきの野球選手も覚えられない
    さびしい

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